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  • がん患者の不安にどう向き合うか ~ 伝わるコミュニケーションの重要性

    昨日のNHK朝のニュースで、がん患者の不安と向き合うための研修をする医師たちが紹介されていた。
    これまで医者は患者の病気を治すことに集中してきた。今は治すことよりも患者の気持ちに寄り添う医療が求められている、と。
    研修では、がん患者に治療の変更をどう説明するか、などをテーマにしたロールプレイで練習する。担当医役の医師は優しくではあるが一方的な変更を患者に告げる。これに対して、他の研修者(医者)たちが、いろいろな意見を言う。
    「まずは、患者がこれまでの治療をがんばってきたことをほめてあげるべき」
    「まずは患者の想いやこれからの希望など、ゆっくり話を聞いてあげるべき」
    こんな意見が出ていた。
    ここのところ人と人とのコミュニケーション、特に言葉や文書によるコミュニケーションをより伝わるものにすることを集中的に考えている私から見ると、やっと医者がコミュニケーションという言葉を知ったのね、という感覚。
    私は医者の家庭に育った。だからかもしれないが医者にはちょっと手厳しい。家族である医者たちがどう患者と接してきたかは詳しくは知るよしもないのでこれについては置いておかせてもらうとして、これまで自分や家族が外の病院で診てもらった医者たちの中には、医者ってそれでいいの?と思えるような人たちもいる。特に、長く病気をしてきた両親の付添中には、悲しいかな患者とその医師の間にコミュニケーションが存在しないことを知った。
    NHKニュースで取り上げられたこの話題を見ると、これからは医者が患者とコミュニケーションを取ろうとしているらしい。ここで、是非提案したいことがある。
    患者とのコミュニケーションの研修に、ロジカルな情報整理、わかりやすい日本語でコミュニケーションする方法を、方法論として取り入れてほしい。ここでのコミュニケーションは人の生死にかかわる大切なやりとりだ。医者からの優しい語りかけや激励も必要だが、本当に伝えるべきことが明確にあるはず。これを、きっちりと伝えるのが本当の仕事なのだ。コミュニケーションが、ただの優しさで曖昧になり、伝わらなければいけないことが伝わらない、そんなことがあっては絶対にいけないのである。
    日本語は、感情や考え、想いといった主観的な情報と、事実という客観的な情報が混在してもそれほどおかしい言語ではない。しかし、これが混在することでわかりにくさ、曖昧さが増していく。事実と感情を切り離し、きちんと患者と対峙して伝えるべきことをしっかりと伝えることが医師の役割なのではないか。
    医師と患者のコミュニケーション、もちろん難しいことはたくさんあると思うが、医師も患者も、しっかりと気持ちも必要な情報も伝えあえる、そんなコミュニケーションができる病院が増えることを期待している。

Archive for 2010年 4月 6日